私はすべてのレンズの中で35mmという焦点距離を最も多用しています。それは35mmが生み出す画角にあります。
私の作品表現は主に東京など都市のスナップ写真になります。街をスナップするとそこには人はもちろん、建物や看板などあらゆるものが写り込んできます。それらを整理して写すような「引き算」の構図づくりも王道ですが、むしろ私はそういった要素を巻き込み、画面に写し込む「足し算」な画作りを好んでいます。情報量の多い作品表現、それが私の特徴と言っても過言ではありません。それには35mmが生み出す画角がベストマッチするのです。そんな私がこのNIKKOR Z 35mm F1.2 Sを使うとどんな表現になるのでしょうか。
高い光学性能をニコンが追求している象徴でもある、「S-Line」シリーズに属しており、その品質の高さは名前から伝わってきます。本体サイズは90mm×150mmと今までの35mmに比べて長く大きい鏡胴を持ちますが、15群17枚の贅沢なレンズ構成が詰め込まれているがゆえになります。当然重さも約1060gとワイドレンズにしては大きく、長距離の気軽な持ち歩きにはやや不向きではあるかもしれません。
操作的な特徴として鏡胴にはカスタマイズ可能な2つのL-Fnボタンを搭載しており上面に配置されたボタンは縦位置時に使いやすくなっています。防塵防滴に配慮された設計も条件を選ばず様々なシーンで躊躇なく撮影することができます。
スナップ写真は想像以上に瞬間性を問われます。シャッターチャンスを逃さない素早く、正確なAFを必要とします。信号待ちのシーン、個性的な人々がそこに立ち尽くす瞬間です。街の反射が生み出す光が被写体をスポットライトのように照らしています。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.2・1/6400秒・ISO160・WBオート
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AFアクチュエーターにステッピングモーター(STM)を採用したマルチフォーカスシステムは絞り開放から高速でスムース。一瞬のシャッターチャンスを逃しません。一方で激しく動く被写体でも素早く正確にピントを合わせてくれます。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF10・1/2000秒・ISO400・WBオート
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このシチュエーションは真逆光でAFには厳しいシーンでしたが、正確に被写体を捉えることができました。そんな強い逆光ではレンズ性能、表現力を最も問われるシーンです。
EDレンズ3枚とED非球面レンズ1枚を採用し収差を極力抑えつつ、ニコン独自のコーティング「メソアモルファスコート」「ナノクリスタルコート」「アルネオコート」を贅沢に施し、嫌なゴーストやフレアーを最小限に抑えています。美しい光芒を描きながら逆光をものともしない切れのある表現力は一目瞭然、性能の高さを実感しました。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF3.2・1/20000秒・ISO160・WBオート
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陰影を上手く使うことで日常を非日常に変えることができます。強い逆光がコントラストのある光と影の表現となり、枯れ木と十字架だけを印象的に浮かび上がらせました。極端にアンダーにすることで色の情報を極力削り、まるでヨーロッパの墓地にでもいるようなモノクロームに近い表現にしてみました。強い逆光も恐れずレンズを向けることができました。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.2・1/10000秒・ISO100・WBオート
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Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.8 S
絞りF1.8・1/6400秒・ISO100・WBオート
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レンズ表現の大きな特徴でもあるボケ味についてみてみましょう。開放値が違うので当然表現は変わりますが、NIKKOR Z 35mm f/1.8 Sと比較してみました。
やはり得られるボケの味わいはf/1.2の方が一枚うわてです。1.8のやや硬い印象のボケに比べて柔らかく溶けるような描写力は、被写体を立体的に表現してくれます。一方で焦点のあった部分はシャープに写し出されており、メリハリの効いた描写が気持ちよい印象です。最短撮影距離は30cmで背景を活かした花の撮影にも向いています。そして更に特徴が出るのが、被写体と少し距離を取ったときの表現力です。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.2・1/5000秒・ISO100・WBオート
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被写体が遠いとワイドレンズの場合、当然ボケ味は出にくくなります。しかしこの35mm F1.2 Sは奥行きを感じさせるボケ味で立体感のある画作りを可能にしてくれました。反射も取り入れているので情報量が多くなりがちな作品ですが、街の雑踏に埋もれないように日傘をさす女性が浮き出るような描写をしてくれました。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.3・1/2500秒・ISO100・WBオート
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前ボケもワイドレンズで奥行きを感じさせる表現の一つです。写り込む被写体を整理し、魅せたいものをより一層強調することで、撮る人見る人の視線を演出するのです。35mm F1.2 Sは前ボケも同じく柔らかくナチュラルで奥の被写体に優しく目線を誘導してくれます。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF8・1/125秒・ISO100・WBオート
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一方解像感の高さも大きな魅力です。冬の枯れ枝の細かい描写、そしてファッショナブルなビルのシャープなデザイン性。解像感の高さが問われるシチュエーションです。木の実から建物の質感まで有機物と無機物の複雑な組み合わせをキリッと描いてくれています。画面周辺までしっかりと解像し、レンズ性能の高さを見せつけられました。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.8・1/3200秒・ISO400・WBオート
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街を描く時ある意味そのゴチャゴチャ感が都市の魅力的な表情になるような気がしています。反射や光と影、人の動きなどが複合的に交わることで1枚の写真に深みとストーリーを与えます。しかしそこにはやはりレンズ性能が問われるわけです。レイヤーが重なる情景に程よい立体感があることで、一見乱雑に見える構図をの中で、何にフォーカスしているのか見る人に明確に伝えることができるのです。まさに情報量の多い表現ということになります。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.2・1/20000秒・ISO160・WBオート
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街を歩いていると一人のご老人とすれ違いました。そのおしゃれな出で立ちとはうらはらに、やや寂しそうに感じる後ろ姿に思わずシャッターを押しました。都会の喧騒の中でただ一人、といったストーリーを演出するようにボケ味で一人浮き上がるような表現で捉えてみました。逆光の強い光と影、コントラストの効いた描写がよりドラマチックな表現に繋がりました。
Nikon Z8・NIKKOR Z 35mm f/1.2 S
絞りF1.2・1/8000秒・ISO100・WBオート
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私が昔からテーマの一つにしているのが、都会の作り物の動物です。「東京動物園」と銘打って撮り続けているテーマで、ついつい街で見かける動物にカメラを向けてしまいます。店先のショーウィンドウの影からこちらをじっと見つめる感じを表現するために、印象的な目にしっかりとピントを合わせて撮影しました。
今回様々なシチュエーションで撮影をしましたが、とにかくレンズ性能、描写力の高さに驚かされました。
とろけるようなボケ味と同時に周辺まで妥協のない解像感の高い描写力は言わずもがな、逆光など厳しい条件も表現に変える事ができる実力はさすがというしかありません。そしてなんといっても魅力的なのは、ワイドレンズで最も苦手な立体感のある描写。被写体と背景の分離能力は、今までの35mmの概念を変えると言っても大げさではないくらい、素晴らしい表現力を持っていると言っても過言ではありません。
そのサイズ感を忘れるくらい、撮影の楽しさに没頭できるレンズと言えるのではないでしょうか。
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Photo & Text by 熊切大輔