LEICA SUMMILUX M f1.4/35mm の特徴
絶滅危惧種的な扱いを受けるスチールリム(初期型)モデル
カメラ雑誌でも酷評された開放絞りの描写
少し絞れば性能が向上する描写の二面性を作品表現に活用
ルックスや作り込みの良さも抜群、いまでは天文学的な価格に
ライカが重視した、数値性能だけではわからない“魅力と味わい”
鏡筒デザイン、2種類のフード… モノとしての圧倒的存在感
絞り設定による描写変化を味わえる逸品
LEICA SUMMILUX M f1.4/35mm+LEICA M10-Pの作例集
作例に使用したレンズ
Leica SUMMILUX M f1.4/35mm
作例に使用したカメラ
Leica M10-P シルバークローム ※生産終了品
まとめ
東京生まれ。出版社を経てフリー。エディトリアル、コマーシャルで活動。またカメラ・写真雑誌、WEBマガジンで写真のHOW TOからメカニズム論評、カメラ、レンズのレビューで撮影、執筆を行うほか、写真ワークショップ、芸術系大学で教鞭をとる。使用カメラは70年前のライカから、最新のデジタルカメラまでと幅広い。著書に『赤城写真機診療所MarkⅡ』(玄光社)、『フィルムカメラ放蕩記』(ホビージャパン)など多数。
「Still Rim」(スチールリム)という愛称は最初期のライカMマウントのズミルックス35mmF1.4のレンズ先端がステンレススチールの形状になっているものの愛称だ。
筆者はごく最近までこう呼ぶことを知らなかった。スチールリムの中でも鏡筒がシルバークロームのもの、ブラッククロームと2種があって、相当共に、絶滅危惧種的な扱いである。さらにライカM3用にファインダーアタッチメントのついたゴーグルつきと呼ばれるものがある。総計生産本数は8000本というというから、いわゆるレンジファインダーの売れ筋である35mmレンズとしては少ない生産本数である。
最初期のスチールリムは1961年に初登場。シルバークローム鏡胴である。レンズ構成は5群7枚。それから30年、ほぼ同じ光学設計で製造が続けられ販売された。当時の光学設計ではF1.4という明るさで35mmレンズを設計するのは困難というか、少々無理があったようだ。
35mmレンズはMシリーズライカでは50mmと並び人気の焦点距離のレンズで、重要な存在だから大口径レンズは用意せねばならないとライツが考えたのかはわからない。けれど往時の技術、硝材で広角レンズを大口径化するのはそう簡単なものではなかったのだろう。
ロングセラーレンズではあるものの発売当初、現役時代から、描写性能の評価は高くなかった。もっとも、往時は大口径なのだから、残存収差はやむなしとされたのかもしれない。
性能にこだわりのある人なら、ズマロン35mm F3.5とかズマロン35mm F2.8、ズミクロン35mm F2を購入せよというのはライカ実用主義者の間では常識である。
開放絞りの描写はまるでレンズ収差の見本市のようでもあり、『アサヒカメラ』のニューフェース診断室で辛口の評価をされた。「設計が古く、非球面レンズを使用せねば性能は改善されないことがわかっている」とライツ社自らが回答していたことを記憶している。実際に街の夜景などで使用すると点光源は鳥が飛んでいるかのような形になったし、ハイライトは滲み、周辺画質は“捨てた” かのような描写になった。
それでもライカユーザーは、オトナである。このレンズが生まれた早い時期から、悪しき収差を味方につけてしまえとばかり、表現の一助として利用することを考えたのである。木村伊兵衛に言わせれば、その欠点だらけの描写も「粋なものですよ」となるのだろうか、本レンズに対する発言を探してみたけど、締め切りまでには見つからなかった。
開放では軟らかい描写で、少し絞れば性能が向上するというのは、昔の大口径レンズでは常識であるが、その描写の二面性を被写体や表現に応じて使い分けることで世界を広げようとした。
これは撮影者側にも使いこなしが要求されたともいえる。実際の本レンズの作品においては北井一夫さん、藤原新也さんの作品を想起するが、藤原さんは、本レンズの最短撮影距離1mでは遠いとばかり、ボディからレンズを取り外して、マウントの前で手に持ち最短撮影距離を縮めて撮影してしまうという荒技を使っていた。光軸がずれるとか、漏光があるとか、そういうことはどうでもいいようだ。本レンズ独自の描写を認めていた証というものであろう。
オリジナルの雰囲気をよく伝えてはいるが、質感やメッキが異なる。絞り環の形が独自で良い感じである。
その個性的な描写性能に加えて、ズミルックス35mmF1.4は時代によってデザインが変わるが、特に初期型のスチールリムのルックスの良さには定評がある。
鏡胴は短く、第一面のレンズの曲率はことのほか大きくてセクシーであり、どのMシリーズライカに装着してもバランスに優れている。作り込みや仕上げも抜群だ。
ただ、いかんせん、初期型では発売から60年以上を経ている。経年変化による曇りとか、取り扱いの不備や、メンテナンスによる不具合など、登場当時の性能を維持しているものは、きわめて少ないだろう。昨今のオールドレンズ流行りだが、中にはこうした経年変化によるレンズの品質悪化による描写を「味わい」としてしまうことも散見される。もちろん、個人の持つレンズを何をどうしようが、どう評価しようが勝手だが、曇っているレンズを使用して、描写が軟らかいなどと評価しているものをみることも少なくない、こうなると何がそのレンズの実力なのかわからないのである。
ところがこうした状況と裏腹に、中古なのにレンズの価格は上がる一方で、とくにライカM2用に登場したゴーグルのないタイプのスチールリム、かつシルバークロームメッキのズミルックス35mmF1.4など、天文学的な価格がつけられていることに驚かされる。
このところズマロンM28mm F5.6やノクチルックスM50mm F1.2の再発売など、ライカは旧レンズの復刻を続けているが、今回はこのスチールリムのシルバー鏡胴のズミルックスM 35mmF1.4を復刻した。オリジナルのレンズがあまりにも高騰し、先に述べたように、状態の悪いレンズを使用したことによる描写の誤解を解きたいという理由もあるのかもしれない。
ライカM10-Pのシルバークロームに装着してみた。メッキの質はよく似ているので装着すると一体感があるのがいい。
非常に興味深いのは、ライカ社は現行の最新設計レンズのレンズと比較すれば、これら旧レンズは数値上の性能は劣るということを当然ながら認識しているはずで、これを是とした上で復刻として製品化していることである。
つまり、数値性能だけではない“何らかの魅力” がこのレンズにあることを認めているからである。日本流にいえば「味わい」があるということなのであろうが、そのような情緒的な判断を下せる人が、ライカ社に存在するということなのだろう。これこそがドイツ気質というやつなのだろうか。
もう少し具体的にいえばライカが復刻レンズで目指したのは旧レンズの写りのニュアンスであろう。復刻したレンズはオリジナルの製品と同じ硝材やコーティングとは異なるだろうから、新旧レンズを比較すれば性能は違うだろう。そのことは大きな問題ではない。
旧設計のレンズを使うことで現代に至るまでの連綿と続くライカのレンズに対する考え方を知ってもらおうと企画したものでないか。
6ビットコードがマウント部にあるので、デジタルのライカMやライカSLシリーズではEXIF情報が得られる。
本レンズのもうひとつは鏡筒のデザインを含めたモノとしての存在感であろう。用意されたフードも2種同梱されている、スリット入りの円型のもの、オリジナルのフードに似せたものだが、前者はフィルターと併用すると画面周辺がケラれ、後者ははずれやすいという欠点もある。これには注意したい。オリジナルのフードはカブセ方式で、逆ネジ方向ではめ込むが、このことが伝わらなかったのであろうか。
今どき必携な機能とも思えないが、フォーカスリングの指当てには、インフィニティキャッチャーまでが用意されている。後期型のレンズにはみられないものだ。
では描写特性はどうだろうか。暴れ回る描写をする個体が多いという印象が強いズミルックス35mmF1.4 1stだが、逆にこのことが本レンズの伝説を生む。
意外にも開放絞りから芯のあるピントをみせ、滲みも少ない。絞り設定の違いによる描写変化は確実にあり、これをどう応用するか撮影者が試されているかのようだ。予想どおり絞り設定に過敏に反応するところがまた面白いし、少し絞り込むと現代のレンズと比較しても遜色はない。
コマ収差の影響によって点光源には羽根が生え、非点収差による流れ、球面収差によるハイライトの滲みは、確実にある。
価格的にはオリジナルのレンズよりも安い設定だが購入には強い覚悟が必要だろう。このレンズは使用者を試すのである。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/750秒・-1EV補正・ISO800・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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薄い霞がかかるようなコントラスト低めの描写。ハイライトにも滲みがある。でも合焦点は意外なことに解像していることがわかる。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/500秒・-0.33EV補正・ISO400・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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大きな欠点は露呈せず。撮影距離は5mくらいで開放絞り。手前に光源を入れたけど、自然にボケているのがいい。
LEICA M10-P
絞りF5.6・1/250秒・ISO100・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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少し絞り込んで撮影。残存収差はほとんど抑え込まれ、全画面シャープな描写である。
この伝説的なライカMレンズの復刻版「LEICA SUMMILUX M f1.4/35mm」の開放F1.4の画をとくとご覧あれ。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/125秒・+0.67EV補正・ISO3200・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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右奥の点光源の形はいびつになっている。ただ、そう不自然ではない。背景が暗めなためか、コントラストは強くみえる。いわゆる本レンズの印象に多い、ボヤけているという印象はない。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/125秒・ISO400・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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最短撮影距離、絞り開放。ハイライトのわずかな滲み、背景の光源のボケの形がお椀型で特徴あり。人物を撮影しても良さそうだ。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/180秒・ISO400・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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日没直前、日陰の情景。ハイライトの滲みが大きいが、それより階調の繋がり方が自然でいい。この条件ではボケも悪くない。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/60秒・-1.33EV補正・ISO400・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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ハイライトがじんわりと滲む描写。鏡筒の内面反射なのか、球面収差の影響なのかはわからないがこの条件では薄い霞がかかったような描写になった。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/750秒・-1EV補正・ISO400・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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この条件ではコントラストはしっかりしている。ハイライト部分は滲みがあるので独自の雰囲気になった。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/3000秒・-0.67EV補正・ISO100・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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周辺光量の低下と四隅の乱れがわかる描写。撮影距離は最短撮影距離の1m。球面収差が増大するのだろうかハイライトの滲みもある。
LEICA M10-P
絞りF1.4開放・1/3000秒・-0.67EV補正・ISO100・AWB+DNG(RAW)+JPEG
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日陰の山茶花(さざんか)。周辺光量低下は大きくみえる。独自性を感じる描写で面白い。合焦点はそれなりにシャープだ。
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Photo & Text by 赤城耕一 (あかぎ・こういち)