解像感の高いシャープなレンズがイコール良いレンズとはならないところが写真の奥深さです。撮影者は自身の作風や使用感、はたまた写りと関係無いデザインまで、主観でしか判断できない事を「好みのレンズ」の因子とします。
今回のプロフェッショナルレビューでは、そんな欲張りなフォトグラファーの欲求に応え続けるメーカーVoigtlanderの「NOKTON 35mm F1.2 X-mount」を内田ユキオさんにレビューしてもらいました。
最新鋭機X-H2の便利さを認めつつも、フィルムカメラのように写真を撮る事を楽しめるX-Pro3での使用を推すあたりに、筆者のカメラや写真に対する愛を感じるレビューとなっています。
クラシカルで美しく、そして描写にちょっとクセがあって、使いこなしが楽しめるようなレンズが欲しい
第五世代に進化したXシリーズで最新機能を駆使して使うか!前世代センサーのX-Pro3で楽しさを満喫するか!
「ズミクロンのF4の魔法」。そんなレンズの持つ味わいを体現してくれるセットアップ
フィルムシミュレーションとの相性も抜群
F1.2からF1.4で描写が劇的に変化
使っていて気持ちのいい、ほぼ理想のレンズ
最新X-H2もいいけど、やっぱり使っていて楽しいX-Pro3との組み合わせ
他にもある!Xマウントレンズの全ラインアップ
■内田ユキオさんの撮影機材
富士フイルムXシリーズ機
電気通信対応カメラボディについての注意点
まとめ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市スナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。富士フイルム公認 X-Photographer
細身の鏡胴に大きな前玉、クラシカルなルックス、どれもX-Pro3と抜群の相性。これだけでも欲しくなってしまう。
焦点距離は23mmから35mmまでの間で、とにかく薄く(全長が短く)、寸胴ではなく先細りにシェイプされていて、柄(鏡胴の太さ)のわりには前玉が大きく存在感があるもの。AFを組み入れると細くするのが難しいなら、MFレンズでも構わない。
X-Proシリーズをずっと愛用してきた立場からすると、ボディがカッコ良く見えるパートナーが欲しいのだ。Mマウントアダプターを噛ませて、Voigtlander(フォクトレンダー)NOKTON(ノクトン) classic 35mm F1.4を付けることも多いけれど、純正レンズでないことによる不便もある。アダプターを介することでデザインの統一感が損なわれるのと、Exifが書き込まれないため仕事で使うときに困る。いちいち焦点距離の設定をしないとブライトフレームが連動しないのも面倒だ。
その点では純正レンズは安心で便利。XF35mm F2 R WRはデザインのマッチングもかなりいいし、XF27mm F2.8 R WRも軽さと薄さでは理想に近い。でももっと振り切った、コンセプチュアルなレンズを求めていた。クラシカルで美しく、そして描写にちょっとクセがあって、使いこなしが楽しめるような。
だからFUJIFILMがCOSINA(コシナ)にレンズ情報を公開して、35mm F1.2というワクワクするスペックの美しいレンズがXマウントとして登場したとき、心から嬉しかった。X-Pro3に付けた姿を撮ってみて、このカッコよさだけでも半分くらいは元が取れるんじゃないかと思ったくらいだ。でもまだ買っていない。だから今回すごく楽しみだった。
絞りのクリック感、ピントリングのトルク、操作していて気持ちいいのも好印象。 自分ならF1.4を常用にする。
後に詳しく述べるが、Xシリーズはちょうど第五世代と呼ばれるX-Trans CMOS 5を中心としたデバイスへの転換期を迎えていて、X-Pro3は前世代のセンサーになってしまった。画質に不満はないけれど、最新の機能を駆使して便利に撮影するために第五世代のカメラを手に入れたら、X-Pro3は楽しさを満喫するためのカメラに徹底するのもいいだろう。そこでこのレンズの価値はより高まるに違いない。
もちろんX-E4でもいい。小型で無駄のないデザインを引き立ててくれる。残念なことに丸環(マルカン)が使えないため、細いレザーのストラップを合わせるのが難しいので、X-E3を選ぶのもいいかもしれない。
第四世代よりさらに前のカメラを今でも現役で使っているなら、機種によってはデジタルマイクロプリズムのような便利なフォーカスアシストは搭載されていないが、 AFの弱さを気にせずゆったりしたペースで街歩きを楽しむのもいい。
一方で、第五世代のボディに付けたらどんな写りをするのだろうか、という興味もあった。よく「40M対応!」なんて言葉を見るが、USBやBluetoothのようなデジタル規格と違い、レンズの場合は動かないわけではない。それを前提とした設計にはなっていません、というだけのことだ。
FUJIFILM X-Pro3・Voigtlander NOKTON 35mm F1.2 X-mount
絞りF1.2開放・1/450秒・−0.67EV補正・ISO320・WB太陽光・フィルムシミュレーションACROS・JPEG
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奥にピントを合わせているので手前の信号機にはっきり滲みがある。鋭すぎると面白みがなく、邪魔にならない味わい加減も絶妙。
収差を残した味わいのあるレンズについて考えたとき、思い出す言葉がある。誰が言い出したのか「ズミクロンのF4の魔法」。ズミクロンは歴史が長く、どの世代を指したのかわからないが、おそらくはこういうことだろう。絞り開放だと収差による滲みが強く、でも絞り過ぎると甘さがなくなり魅力が半減してしまうから、F4くらいで使ったときが最高の描写をすると。
さらに言えば、ISO400が標準だった時代に、F4くらいで撮る時間帯でいい写真が撮れることが多かったろう。昼は影が強く、夜だと手持ちでは難しい。マジックアワーのちょっと前の、影が方向を失ったくらいの時間帯にズミクロンは魔法のような描写で名作を生み出していたのだ。
Voigtlander NOKTON 35mm F1.2 X-mountをX-H2(2022年9月29日発売)に付けていて感心したのは、快晴の日中でも電子シャッターのおかげで絞り開放で撮り続けることができる。逆に真夜中でもF4のまま、手ぶれ補正のサポートと感度だけで対応できる。絞りは明るさによって必然的に変えなければならないわけではなく、被写界深度や収差の加減をコントロールするために自在に選べるのだ。EVFがあるおかげでフレアやゴーストの量と位置も事前に確認できる。
X-H2のポテンシャルからすれば、クラシックレンズを使う感覚。フォクトレンダーの光は、第五世代にどう見えるのか。
FUJIFILM X-H2・Voigtlander NOKTON 35mm F1.2 X-mount
絞りF1.2開放・1/110秒・ISO250・WBオート・フィルムシミュレーション エテルナ・プリーチバイパス・JPEG
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情報量が飛躍的に増えているため、質感がすごい。全てのレンズがそうなるとは限らないが、この組み合わせはレンズの長所をより際立てている。
この角度から見ているだけで、次はどこに持って行こうかと心が躍る。見栄えがいいのは機材にとって大切なことだと思う。
置きピンによる流し撮り。MF+OVFならではの楽しさ。
もともとフィルムライクという言葉で表現されることが多いXシリーズの画質が、フィルムの黄金期をリスペクトして作られたようなこのレンズと合わないわけがない。フィルムシミュレーションを選ぶとき、このレンズの原型となったレンズが活躍していた時代のことを思い描いてみると楽しい。
クラシックネガと相性がいいのは当然だ。トーンが硬めでネガフィルムの個性が強いから軟らかいレンズ描写とよく合う。クラシッククロームとアクロスは言うまでもない。個人的には、エテルナブリーチバイパスとノスタルジックネガに可能性を感じた。
昭和の頃からあっただろうな、という光と色を目指してみた。実際にはこのレンズが生まれる前で、でもこのレンズが憧れただろう時代。
左右対称に近い、レトロフォーカスの構成図を見ただけで、抜けが良くてボケが素直で、でもちょっと収差の残ったクセのあるレンズだろうと予想できて、胸が高鳴る。
F1.2からF1.4にしたときの変化が劇的で、収差が落ち着きシャドウが引き締まって、でも甘さはちゃんと残っている。個人的な好みで言うなら、F1.4を常用にして、必殺技みたいにF1.2を使えるようにしておき、ピリッとさせたいときにはF2からF4くらいまで絞り込んで撮りたい。
(左)絞りF1.2開放 (右)絞りF1.4
(共通データ)FUJIFILM X-Pro3・Voigtlander NOKTON 35mm F1.2 X-mount
絞り優先AE・−1.67EV補正・ISO200・WBオート・フィルムシミュレーション ASTIA・JPEG
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F1.2だと少し暴れる感じはあるが、変な角度をつけなければボケの繋がりがあって気にならないはず。好みはF1.4のほう。大きくプリントするなら、さらに半段から 一段絞ってもいい。
一眼タイプのレンズはシャッターごとに絞り羽根を動かす必要があるため、枚数を増やすのが難しい。それがこのレンズでは贅沢に12枚の羽根を使って、絞り込んでもボケが円形を保つようになっている。
収差によってハイライトが滲んでも、逆光で描写が落ちたり、コントラストが足らなくなったり、周辺でガクッと解像感が落ちたりしないのは、現代のレンズらしさ。意識的にゴーストを出してみたけれど、ハレて(ハレーションが起きて)破綻するようなこともなかった。
いろんな光源、いろんな角度で、とにかくゴーストが強く出る条件を探してみた。コントラストが低下して破綻するようなことがないので、ファインダーで確認しながら作画に活かすのもありだと思う。
プラシーボだろうが、使っていて気持ちいいのはレンズにとって大切な要素だ。結局のところ出番が増えて、それだけ多くの写真を撮るのだから、傑作も増える。また持ち出したくなって、さらに好きになっていく。こういったタイプのレンズは使うほど手に馴染み、描写と相性の良い被写体や光を覚えていくことで、さらに扱いやすくなっていく。
ピントリングの粘りがあって均質なトルク、ガタつきがなくビシッと止まる絞りのクリック感は絶品。とくに先ほど書いたようにF1.2とF1.4とで描写が激変するので、そこに十分な幅とクリック感があるのは素晴らしいと思う。
このレンズを買う人が「開放から解像しなくてガッカリした」なんて不満を言うとは思えないから、ほぼ理想のレンズではないだろうか。
個人的な好みを言わせてもらえば、1/3段の絞りクリックは必要ないので1/2段でいいと思ったのと、せっかく電気接点で信号のやりとりをしているのだから、T表示からメニューを開いてF表示に変えなくても自動的に連動して欲しかったことくらい。
この時間帯のために大口径はある、と言ってもいい。感度は上げたが余裕の手持ち。周辺減光が目立つ条件だが気にならない。
最後に、X-H2との相性について。
言うまでもないがセンサーの性能が上がれば、画質はそれに伴って引き上げられる。音楽におけるスピーカーやヘッドフォンのハイレゾ対応と同じで、センサーの性能をフルに発揮できないかもしれないというだけのこと。相性は悪くないと感じた。
EVFがすごくよく見えるため、フォーカスチェックを使わなくても一眼レフの感覚で、ファインダーのどこでもピント合わせができるのが便利。X-Pro3にはノスタルジックネガやエテルナブリーチバイパスがないため、その点でも羨ましかった。
でも使っていて楽しいのはやはりX-Pro3との組み合わせで、あの心地よいシャッター音とマニュアルフォーカスのリズムは最高だった。今が令和なのを忘れてしまいそうになるくらい。
FUJIFILM X-Pro3・Voigtlander NOKTON 35mm F1.2 X-mount
絞りF1.4・1/60秒・ISO320・WB電球・フィルムシミュレーション Velvia・JPEG
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クラシックレンズの魅力と、デジタルカメラの利便性との融和。
FUJIFILM X-Pro3・Voigtlander NOKTON 35mm F1.2 X-mount
絞りF1.4・1/850秒・ISO160・WB電球・フィルムシミュレーション Velvia・JPEG
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これくらいの距離にピントを置いても背景がボケすぎないのは、APS-Cの長所だと思うか弱点だと思うか、人それぞれ。スナップを撮るなら扱いやすい焦点距離。
本レンズ群には電子接点が搭載されていますが、電気通信ができるカメラボディに制限があります。
下記カメラリストをご確認ください。(2022年2月コシナ調べ)
電気通信対応機種とフォームウェア
X-H1 | v2.13以上 | X-T3 | v4.12以上 |
---|---|---|---|
X-PRO03 | v1.23以上 | X-E4 | v1.04以上 |
X-T30 II | v1.00以上 | X-T4 | v1.25以上 |
X-T2 | v4.40以上 | X-S10 | v2.10以上 |
X-T30 | v1.41以上 |
X-T | X-T1・X-T20・X-T10・X-T200・X-T100 |
---|---|
X-E | X-E3・X-E2・X-E1 |
X-A | X-A7・X-A5・X-A3・X-A2・X-A1 |
X-Pro | X-Pro2・X-Pro1 |
X-M | X-M1 |
※2 カメラ設定で、絞り値表示設定をTNoからFNoに変更を推奨
※3 カメラ設定で、被写界深度表示をフィルム基準(製品に刻印されている深度目盛りと同値)に変更を推奨
※4 記載ファームウエア未満は性能が発揮できない場合や、機能の一部に制限が出る可能性がありますので最新ファームウエアを使用してください。カメラのファームウエアの確認、最新ファームウエアの入手は、カメラ取扱説明書をご確認ください
※5 電気通信非対応機種で使用の場合、カメラ設定「レンズなしレリーズ」を[許可]に設定変更
Photo & Text by 内田ユキオ(うちだ・ゆきお)