はじめてLeicaを手にしたのは3年前。
宮﨑駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』の制作現場で、宮﨑監督のすぐ近くで仕事をしている中で、ふと思ったことがきっかけでした。
「眼の前に歴史上の人物がいる。その姿を写真に収めるべきなのではないか」
旧オリンパスのマイクロフォーサーズ機を購入後、間をおかずフルフレーム画質が欲しくなり、ソニーのミラーレス一眼カメラを購入。フルフレームの描写に感動すると共に、さらなる想いが頭をもたげてきました。
「歴史上の人物を撮るのならば、Leicaで撮るべきなのではないか?」
アンリ=カルティエ・ブレッソン、ロバート・キャパ、木村伊兵衛をはじめ、歴史的な瞬間を撮影したカメラの多くはM型Leicaであるということは何となく知っていました。
Leicaに詳しい知人にいざなわれ、Leica Q2を手に入れてからはあっという間でした。Leica M11に「Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.」と「Leica アポ・ズミクロンM f2.0/35mm ASPH.」、そして、Leica M11 Monochromを手にし、無我夢中でシャッターを切る日々。昨年末から本年にかけては、Leica GINZA SIXとLeicaそごう横浜店で写真展「石を積む」を開催させて頂きました。
https://store.leica-camera.jp/contents/my-leica-story_tomohiko-ishii_part1
https://store.leica-camera.jp/contents/my-leica-story_tomohiko-ishii_part2
いつしか小学生の娘に、学校の作文で「お父さんは映画のプロデューサーを辞めて写真を撮る人になった」と書かれてしまうほど、写真とLeicaの描写にのめり込んでゆきました。
@Tomohiko Ishii
Leica M11 Monochrom・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF1.4・1/320秒・ISO100
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
Leica M10-Pとの出会いのきっかけは、写真家の萩庭桂太さんと、『Cameraholics』編集長の松下大介さんです。Leica M10が発売されたのは2017年。発売から7年が経過しようとしているカメラを、プロフェッショナルとして活躍されているお二人が仕事の道具として今も愛用されている。「Leica M10-Pは最高だから使ってみるといい」と身を乗り出してすすめて下さったのです。
私が記すまでもなく、M型Leicaは不思議なカメラです。CCDセンサーを積んだLeica M9(2009年発売)は今も高値で取引されていますし、Leica M11 Monochromで6000万画素、ISO200000という領域にまで達したモノクロームシリーズにおいても、初代の「LeicaM Monochrom(Typ 246)」が最高という方がいらっしゃる。新モデルが常に旧モデルを上回るという常識は、Leicaには通用しないようです。
Leica銀座店のWさんにLeica M10-Pのリファービッシュモデルで良いものがあったら……とメールを送ると、工場で整備中の美品があるとの返信を頂きました。「届いたら触らせて下さい」と返信をした時にはもう、運命的なものを感じていました。折しも独立し、会社を立ち上げたばかり。「起業記念」とか「Leica M12がまだ発売されなさそうなので」とか「バックアップ機にカラーで撮れるM型Leicaがもう一台必要だから」とか、さまざまな理由が脳内に浮かびますが、すべてLeicaの魔力に魅入られた人間の脳内にこだまする悪魔のささやきにすぎません。
Leica銀座店で「Leica M10-P」を手にした時の感覚は忘れられません。真鍮のズッシリとしたボディの重み、漆黒のトップカバーに浮かび上がる筆記体のロゴ。Leica M11と比較してボタン配置は若干異なりますが、メニュー構成もほぼ同じでもたつきも感じません。
最も期待していたのは、センサーで行う測光になり、シャッター幕が上がった後にシャッターが落ちるLeica M11シリーズと異なり、Leica M10シリーズは起動してすぐにシャッターを切ることができるという点でした。
胸の高鳴りを抑えながらシャッターを切ります。Leica M10と比較して静音性が高まったとありましたが、Leica M11がLeica M10-P以降に合わせているのか、大きな違いは感じません。ライブビューモードではLeica M11よりもたつく印象があり、一瞬「あれれ?」と戸惑いましたが、ライブビューモードをOFFにすると、起動後、光学ファインダー内にブライトフレームが浮かび上がった瞬間「カシャン」とシャッターが降りました。
Leica M11はブライトフレームが表示された後、0.5秒くらい間を置かないとシャッターが降りず、歯がゆい瞬間がありました。シャッター1回分をロスする感覚です。写真を愛する方なら0.5秒がいかに長いか、体感として理解されるでしょう。私はアニメーション業界に身を置いています。アニメーションは、1秒間に24コマの画が連続して表示されることによって動いて見えます。0.5秒=12コマは、アニメーターの1日〜数日分の長さなのです。……余計な御託でした。
Leica M11に装着していた「Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.」をLeica M10-Pに装着し、Leica銀座店のレジ壁に掛けられたLeicaロゴを撮影してみました。Leica M11では、鮮やかで濃厚なLeicaロゴが写し出されるのに対し、Leica M10-Pではどちらかと言うとクラシックでノスタルジーを感じさせるロゴが浮かび上がります。背面液晶の違いかな? と、モバイルアプリ「Leica FOTOS」で読み込むと、明らかに表示される色味が異なりました。液晶モニター上に表示される写真はメーカーが味つけしたもの。センサーがどうこうと語る資格は私にはありませんが、最新機種とは異なる描写のカメラを手にしたのだということは理解しました。
はじめて手にしたフルフレームのミラーレス一眼カメラは2420万画素。それからLeica Q2の4730万画素、Leica M11、Leica M11 Monochrom、Leica Q3の6000万画素を経て、多画素機のトリミング耐性の恩恵に預かってきたものの、自身の作品が雑誌やWebに掲載され、写真展を開催するようになってから「2400万画素あれば十分なのかも」とも感じていました。Leica M10-Pは2400万画素。原点回帰という想いで、Leica M10-P一台を手に韓国・ソウルでフォトウォークをしてきました。
コロナ禍ですっかり海外が遠くなってしまった子供たちに「外国にいくとしたらどこがいい?」とたずねると、高校生の長女と小学生の次女ともに「韓国!」との返答。若い世代にとって、憧れの国はアメリカやヨーロッパではなく、韓流ドラマやアイドルを輩出する隣国のようです。新しく手に入れたLeica M10-Pの性能を試せるのならどこへでも……とソウルへ飛びました。
仕事で海外を撮影する際は、Leica M11とLeica Q3を二台持ちし、深夜の撮影はLeica M11 Monochromを手にすることが多いのですが、今回はLeica M10-PとLeica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.のみ。屋台の湯気が立ち昇るソウルの街に出て空を見上げ、天空を舞う鳥にシャッターを切った瞬間「おお!」という声が漏れました。電源を入れてからの立ち上がりの速さだけではなく、光学ファインダーを覗き、シャッターを切った瞬間の感触が明らかに違うのです。起動時間以外、Leica M11と大きな差はないはずなのですが、一度シャッター幕が開き、センサーで測光してからシャッターが降りる機構のLeica M11と比較し、Leica M10-Pはストンと意図した瞬間にシャッターが落ちる感覚が指に残ります。
バッテリーが大型化したLeica M11と違い、Leica M10シリーズはバッテリーの駆動時間が少ないのですが、ライブビューもプレビューも使わないのでまったく問題ありません。一日撮り続けてもポケットに忍ばせていた予備バッテリーを使うことはありませんでした。
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
帰国後、現像しながら感じたことですが、描写もLeica M11やLeica Q3と大きく異なります。ソウルの歴史的な観光名所、景福宮(キョンボックン)という14世紀末の朝鮮王朝の王宮で、チマチョゴリを着た観光客を撮った写真を開くと、Leica M11やLeica Q3では、実際に見た風景よりもよりコッテリとした鮮やかな色が出てくるのに対し、Leica M10-Pはどこかニュートラルで懐かしい色味で表示されます。
チマチョゴリの鮮やかな色彩が、Leica M11やLeica Q3は油絵やポスターカラーのように濃厚に色付けされるのに対し、Leica M10-Pは水彩画で描いたように繊細な色という印象です。「Leica M10シリーズはハイライトが弱い」と言う方もいますが、日本よりも湿気の少ないソウルの抜けるような空を捉えるにはむしろ好都合。無論、これらの画像は各々の機種に対してLeicaが作った便宜上の色ではあるのですが、はじめから濃厚に味付けされた料理を薄味にアレンジするよりも、薄味の料理を徐々に自分好みの味にしてゆく過程の方が、自分にはしっくりくることにも気づかされました。
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF5.6・1/180秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.4・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/45秒・ISO500
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/4000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.0・1/2000秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
@Tomohiko Ishii
Leica M10-P・Leica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.・絞りF2.4・1/500秒・ISO200
画像にマウスを合わせると拡大表示します
画像をスワイプすると拡大表示します
誤解のないように記します。Leica M11とLeica M11 Monochrom、Leica Q3の描写は素晴らしいの一言です。ズームレンズを持たずとも、50mm一本で大概の状況には対応できますし、8月1日(木)より、Leica松坂屋名古屋店で開催させて頂く写真展「ミッドナイト・イン・パリ」は、ウッディ・アレンの名作『ミッドナイト・イン・パリ』にオマージュを捧げ、深夜のパリをLeica M11 Monochromで撮った作品を中心に展示の構成を進めさせて頂いています。最近はLeica M11に「Leica スーパー・エルマーM f3.4/21mm ASPH.」を装着し、28mm-35mmの焦点距離も内包した広角の世界をトリミング前提で楽しんでいます。
Leica M10-PとLeica アポ・ズミクロンM f2.0/50mm ASPH.との二台持ちは、写真の腕はさておき、最強の二刀流と呼べる心強さです。
Leicaの魅力に囚われてしまった身として、いずれ発表されるであろう Leica M12にもグラグラきてしまうことは間違いありません。Leica M10-Pの速写性を味わってしまった身として、願わくは起動後のラグの短縮と、M型Leicaの持つレンジファインダーカメラとしての機構を揺るがすことなく、発売から5年、10年経っても愛され続けるカメラであって欲しいと切に願います。私のような新参者が申し上げるまでもないことですが……。
7年も前に発売されたプロダクツを手に胸を膨らませるという体験ができるカメラという世界。全てが流れゆく昨今、写真とカメラに出会えて本当に幸せだと心から感じています。先般、私の写真展をご覧になりLeica Q2 Monochromを購入された60代の先輩がこう仰っていました。
「残りの人生をかけられる趣味が欲しかった」
フジヤカメラのブログを愛読されている皆様にとって、写真とカメラはまさにそうした存在なのではないでしょうか。
Photo & Text by 石井朋彦