東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年に写真展を開催後、写真家になる。各種撮影、カメラ専門誌やWEBでの撮影や執筆、写真講師等で活動。作品では、国内や海外の街を撮影している。公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員。DGPイメージングアワード審査員。NHK文化センター柏教室講師。
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Leicaと聞けば、多くの人がLeica Mシステム(通称M型Leica)を思い浮かべるだろう。最新のM型Leicaといえば、デジタルのLeica M11シリーズだ。それでは最初のM型Leicaをご存知だろうか。それが今回紹介するLeica M3だ。
M型Leica1号機のLeica M3。あまりに完成度が高かったため、日本のカメラメーカーはLeicaに敵わないと悟り、一眼レフの開発に注力していく。ちなみに筆者が所有するのは89万台。1957年製だ。レンズは1954年製のLeica Summarit f1.5/50mm。
Leica M3が登場したのは1954年。2024年の今年は、M型Leica誕生からちょうど70年の節目の年だ。ではなぜM型Leica1号機なのに「Leica M1」ではなく「Leica M3」なのか。Leicaが市販されたのは1925年のLeicaⅠから。このときはまだレンズ交換ができず、50mmのファインダーはあるものの距離計がなく、シャッターも低速がなかった。1932年のLeicaⅡから距離計が搭載され、レンズ交換も可能。しかし低速シャッターはなかった。そして1933年のLeicaⅢで低速シャッターを搭載。ここからスペック満載のハイエンドが「3」、一部の機能を省略や簡略化した普及クラスが「2」、距離計を省いた特殊モデルが「1」となった。つまりLeica M3は、M型Leicaのハイエンド機なのだ。
ボディデザインが他のM型Leicaと異なるLeica M5を除き、ストラップアイレットが真横に付いているのはLeica M3だけだ。形状も独特でドッグイヤーとも呼ばれる。しかし96万台頃から、Leica M2以降と同じ半球状で位置も前方寄りに変更された。
1976年製のLeica Summicron f2/90mmを装着。Leica M3はファインダー倍率が高いため、90mmでも使いやすい。Leicaの望遠レンズは手頃な価格のものも見つけやすく、Leica M3ユーザーになったら使ってみてもらいたい。
Leica M3は、それ以前のLeica(スクリューマウントLeica/通称バルナック型)からは大きく進化した仕様となった。マウントはスクリュー式からバヨネット式になり、巻き上げはノブからレバー式に。高速と低速が分かれていたシャッターダイヤルはひとつになり、一軸不回転に進化。背面はバックドアが開き、フィルム装填が容易になった。そしてファインダーが大きくなり、視認性が大幅にアップ。50mm以外のレンズにも対応した。Leica M3はアンリ・カルティエ=ブレッソンをはじめ、エリオット・アーウィットや木村伊兵衛など、世界中の著名な写真家に愛用された。
登場から70年経つ現在にも受け継がれているLeica Mマウント。バヨネット式で迅速なレンズ交換が可能だ。マウントの12時の位置にあるネジが封印されているのも特徴だ。すべてマイナスネジなのも時代を感じさせる。
ファインダー、ブライトフレーム採光窓、距離計窓は、周囲に額縁のようなデザインになっている。Leica M3ならではの特徴。他のM型Leicaよりゴージャスな雰囲気だ。採光窓もそれ以降の機種にはあるギザギザがない。
バルナック型から受け継ぐ底ブタ式。Leica M3からバックドアが開き、フィルム装填が容易になった。スプールを引き抜くと、フィルムカウンターがゼロに戻る。スプールを抜かずにフィルム装填可能なのは67年のLeica M4以降だ。
モニターやボタン類が埋め尽くすデジタルカメラに見慣れた目には、極めてシンプルに見える背面。ファインダーの横はフラッシュ用の接点。バックドアには装填しているフィルムの種類や感度がわかるようにインジケーターがある。
筆者は1997年にLeica M3を手に入れた。初めてのLeicaだ。手にすると金属のガッチリした感触が心地よく、精密機械らしさが伝わってくる。またLeicaお馴染みのラウンドした側面は手のひらにフィットし、ホールドしやすい。さらにクロームメッキも現在のLeicaのシルバーとは異なり、より金属らしい輝きを持つ。クラシックカメラならではのメカニカルな美しさが感じられ、テーブルに置いて眺めているだけでも酒の肴になりそうなほどだ。
バルナック型より大柄になったとはいえ、十分小型で携帯性に優れている。またホールド感も良好。倍率0.91倍のファインダーは、右目で覗いた際に左目を開けても見え方に違和感が少なく、周囲を確認しながら撮影がしやすい。
巻き戻しはバルナック型と同じくノブ式。素早く巻き戻すのは難しいが、慣れれば意外と苦にならない。クランク式になるのはLeica M4からだ。現行機ながらクラシカルな仕様を持つLeica M-Aもノブ式を採用している。
ボディ前面に巻き戻しレバーを備える。96万台付近から、レバーがLeica M2と共通の小さいタイプに変更される。またレンズロック解除ボタンの周囲には、不用意にボタンを押さないようにガードがある。
Leica M3は製造番号70万から始まり、66年に116万台で終了するまで様々な仕様変更が行われている。最も知られているのが、巻き上げが2回式から1回式への変更だ。筆者のLeica M3は2回巻き上げ。面倒に思うかもしれないが、「シュッシュッ」とリズミカルに巻けるのがお気に入りだ。アンリ・カルティエ=ブレッソンが、チャイナタウンのお祭りをLeica M3で撮影している映像があるのだが、ブレッソンは2回で巻き上げている。それを思い出して、ブレッソン気分で巻き上げるのも楽しい。そして、その巻き上げの感触も実に滑らか。エルンスト・ライツ社が全盛だった頃の作りの良さが味わえる。またシャッターボタンのタッチも軽く、小さく「カシャ」と囁くようなシャッター音は、撮影していて気持ちが上がってくる。
89万台は2回巻き上げ(ダブルストローク)。91万台の終わり頃から1回巻き上げ(シングルストローク)に変わる。またシャッターダイヤルは、はじめ1/100秒や1/50秒がある大陸式だったが、85万台付近から現在一般的な等倍式になる。
最初期のLeica M3にはないが、78万台頃からブライトフレーム切り替えレバーが追加された。中央が50mm、外側に倒すと135mm、内側が90mm。レンズを換えると自動でフレームも切り替わるが、あらかじめ構図の確認をするのに便利だ。
Leica M3の最大の特徴と言えるのがファインダーだ。すべてのM型Leicaの中で、最もファインダー倍率が高い0.91倍を実現している。微細なプリズムをバルサムで貼り付けた、非常に複雑な構造とのこと。両目を開けても違和感がなく、レンズが50mmだと肉眼の光景をそのまま切り取るような感覚で撮影できる。また二重合致式の距離計もとても見やすく、大口径レンズの絞り開放でも正確なピント合わせが可能だ。Leica M3を手にして初めて撮影したとき、クリアな視界とスムーズなピント合わせができるファインダーに衝撃を受けたのを今でも覚えている。この衝撃があったから、現在までLeicaを使い続けていると言っても過言ではない。
とはいえ、このファインダーには弱点もある。内蔵するブライトフレームが50mm、90mm、135mmで、広角レンズに対応していないのだ。これを嫌って、35mmフレームを持つLeica M2を選ぶ人も多い。しかし筆者は50mmの画角が好きなので、Leica M3を選んでよかったと思っている。またレンジファインダーながら望遠レンズが実用的に使えるのもLeica M3の楽しさだ。広角レンズは、Leica M3用の通称メガネ付き35mmを選んでもよし、通常の35mmに外付けファインダーという方法もある。28mmと外付けファインダーで目測スナップも楽しいだろう。さらに広角レンズ用にLeica M2やLeica M4も追加することを考えたら、すっかりLeica沼にはまっている証拠だ。
50mmレンズ装着時のファインダー内。視野が広く、とてもクリアで見やすい。50mmのブライトフレームは、なぜか四隅が丸い。中央に見える四角が二重合致式の距離計だ。
90mmレンズを装着時。50mmのフレームの内側に、90mmのブライトフレームが現れる。50mmのフレームは、他のフレームを表示させても消えずに残る。しかしLeica M2では、装着したレンズのフレームだけ表示されるようになった。
135mmのブライトフレーム。ずいぶん小さくなるが、0.72倍のファインダーで135mmのフレームを持つLeica M4以降の機種よりは見やすい。Leica M3はレンジファインダーながら望遠レンズが実用的に使える。
通称“メガネ付き”の35mmを装着すると、50mmのフレームが35mmになる。ファインダーの視認性が落ちて見た目も好みが分かれるが、筆者はこの姿が好きで、Leica M3を購入後にすぐ1962年製のLeica Summaron f2.8/35mmを手に入れた。
Leica Summarit f1.5/50mm・絞りF2・1/500秒
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Leica M3と50mmレンズの相性は最高だ。その場の光景をそのまま切り取るように撮影できる。この感覚は、Leica M3ならではの魅力。
Leica Summarit f1.5/50mm・絞りF4・1/500秒
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路地に置かれていたスクーター。Leica M3のシャッター音は静かで周囲に響かず、さり気ない撮影ができる。
Leica Summarit f1.5/50mm・絞りF5.6・1/250秒
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ずらりと並んだ傘。二重合致式の距離計は、こうしたパターン的な被写体は苦手だが、二重像を確認しやすい箇所を見つければスピーディーに合わせられる。
Leica Summarit f1.5/50mm・絞りF8・1/250秒
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Leica Summarit f1.5/50mmは当時の大口径レンズらしく、絞り開放では柔らかだが絞るとシャープ。被写体の質感も見事に再現する。Leica M3とクラシックレンズで現代の街を撮るのは楽しい。
Leica Summarit f1.5/50mm・絞りF5.6・1/500秒
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Leica M3の距離計は最短が1mと長い。そのためLeica M2以降の0.7mと比べて近接撮影が苦手だ。フレーミングを工夫して、ベンチに置かれた花を撮った。なお使用したレンズも最短1mだ。
Leica Summarit f1.5/50mm・絞りF8・1/500秒
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ガラスに反射した建物。Leica M3は露出計がないため、入射光式の単体露出計を使用した。決して便利ではないが、常に光線状態を意識するようになる。
Leica Summicron f2/90mm・絞りF4・1/500秒
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レンジファインダーによる望遠撮影は、フレームの周囲も見えているので、一眼レフと異なる感覚だ。椅子やテーブル、手前の植物のバランスを確認してシャッターを切った。
Leica Summicron f2/90mm・絞りF2・1/500秒
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90mmで絞り開放。Leica M3は正確なピント合わせができる。またファインダー上ではボケが確認できず、イメージしながら撮影するのもレンジファインダーの面白さだ。
Leica Summaron f2.8/35mm・絞りF5.6・1/125秒
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空き店舗となっている空間をガラス越しに撮影。メガネ付き35mmは視認性がやや落ちるものの、ブライトフレームは正確。ものものしい見た目とは逆に意外と扱いやすい。
Leica Summaron f2.8/35mm・絞りF8・1/500秒
FUJICOLOR SUPERIA X-TRA400
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Leicaといえば、やはり街のスナップにピッタリだ。西日が差し込む商店街。通りを歩く人と、3人の影のバランスを見ながらシャッターを切った。
登場から70年経っても色あせることがないLeica M3は、フィルムで写真を楽しみたい人にとって大きな存在だ。外観も使用感も「これぞM型Leica」という満足感が得られる。特に50mmレンズをメインにしている人には、イチオシしたいM型Leicaだ。フィルム装填がLeica M4以降と比べるとやや面倒だが、それも操作する上での魅力のひとつ。Leica M3を手にして、Leicaで写真を撮る楽しさを存分に味わってもらいたい。
Photo & Text by 藤井智弘(ふじい・ともひろ)